私が国内独学で英語を話せるようになるまで③29歳初海外、仕事でオーストラリア1ヶ月(上達期1)

Uncategorized Sep 25, 2018

こんにちは、千穂です。

シリーズ3回目です。

前回は、

大学で留年・語学習得に挫折(1回目の挫折)

というタイトルで

書けば書くほど恥ずかしくて、


本当にこんなことを書いていいのかな…と
思いながら

大学時代の語学への挫折経験を
書きました。

今回は、その続き

③29歳初海外、仕事でオーストラリア1ヶ月(上達期1)

についてお話しします。

───────────────────

1 中学・高校では英語は得意科目(英語力の基礎)
2 大学で留年・語学習得に挫折(1回目の挫折)
3 29歳初海外、仕事でオーストラリア1ヶ月(上達期1)
4 帰国後、日本で英語漬けの毎日(上達期2)
5 英語を使う仕事に抜擢(通訳になる夢に一歩近づく)
6 退職・通訳学校入学(上達期3)
7 妊娠・出産・子育て(一旦夢をあきらめ、英語から離れる)
8 英語スクールへ(英語に再び希望を見出す)
9 通訳デビュー・慢心・クレーム・衝撃のテスト結果(2回目の挫折)
10 再び通訳学校へ(上達期4)

───────────────────

■外国語から完全に離れた6年間

 

語学に挫折し
通訳者になりたいという夢も諦めた
大学時代。

恩師から紹介していただいた
大阪で編集・発行している
演劇情報誌の出版社に就職し

編集と演劇の世界に
希望を見出していきます。

演劇情報誌では最終的に
編集チーフまで務めさせていただきましたが
力及ばず

私が26歳の時に
あえなく休刊を迎えることとなりました。

ちょうどその頃に
大阪でユニークな活動を続けていた
野外劇団「維新派」から
お話をいただき

お世話になった出版社を退職して
維新派の制作を務めさせていただくことと
なりました。

同時に
大阪市が発行する演劇情報誌の編集にも
携わらせていただくこととなり

演劇と編集の世界での勉強に精一杯で
外国語からはすっかり離れて
6年が経ちました。

 

■行きの飛行機で初めての ”通じた!” 経験

 

転機が訪れたのは29歳のときです。

オーストラリア招聘公演のため
アデレードに1ヶ月滞在することとなりました。

劇団にとっても初の海外公演でしたが
私にとっても、初めての海外体験でした。

今でも、鮮明に覚えているのですが
行きの飛行機で
「あと何時間で到着しますか」と
聞きたくて

座席でメモを取り出して

“How long does it take…?”

という文章を
思い出し思い出し、
時間をかけて書いて

メモを握りしめて
客室乗務員の方に聞きに行き

“4 more hours”

という答えをもらった時に

通じた!!!!!と
ものすごく、ものすごく
嬉しかったです。

 

■2週間でリスニングの向上を感じる

 

日本から行ったのは

40人ほどのキャストと
30人ほどのスタッフ。

現地アデレードのスタッフと
力を合わせて
野外劇場を作り
公演を行います。

私のやっていた「制作」という仕事は

連絡窓口
予算管理
機材や人員手配
宿泊・移動・食事手配
広報

など、コミュニケーションが主な仕事でした。

インタビューなど公式な通訳のために
日本から
大学の先生などが同行くださいましたが

現場でのちょっとしたことは
自分たちでコミュニケーションを
とっていく必要がありました。

フェスティバルからも
オーストラリア人の制作の方がついてくれたので
私は、日本側の窓口として
主にいつも彼女と一緒に行動していました。

彼女も日本語ができるわけではなく
会話は英語だったのですが

最初のうちは
お互いに言っていることが
あまり分からず

英語のできる方に通訳をお願いしたり
身振り手振りを交えたり
文字や絵を書いてもらったりして
なんとかコミュニケーションを
とっていたのですが

2週間もすると
相手の言っていることが
なんとなく、わかるようになってきました。

今考えると
解決しなければならないタスクが
日々ある中で

毎日8時間以上英語にさらされて
私の頭の中に
“英語の世界の原型”が
構築されていったのだろうと思います。

 

■4週間目、反射的に覚えていない英語が口から出た

リスニングは向上してきましたが
スピーキングはあまり変わらず
基本的には
単語での受け答えしかできませんでした。

立場上
「お願いごと」が多かったので

依頼をする際の表現

“Would you please…?”
“Could you please…?”

だけは最初に覚えて
一生懸命、使っていました。

それでも、
頭の中に浮かんだ日本語を
英語に直してから
話していたように思います。

1ヶ月の滞在も終わりに近づいていた
ある日のことです。

一緒に行動していた
現地制作の彼女が私にこう聞きました。

“Chiho, we’re going to a party tonight. Are you coming?”
(今夜パーティあるんだけど、行かない?)

その夜に予定があった私は
反射的に

Oh thanks, I’d love to, but…
(ありがとう、行きたいけど…)

と言ってから

あれ、私、今、なんて言った?

と、自分でびっくりしたのです。

“I’d love to, but…”

という表現は、
大げさにいうと

私の辞書にない、というか…

少なくとも、
意識して覚えたものではなかったし
使ったこともありませんでした。

おそらく、滞在中に
他の人が使うのを
何回か聞いたことがあって
無意識に、頭に残ったものだと思います。

それが自分の口から
ぽっと出た、ということが

本当に衝撃的な体験で

今も、その時彼女が座っていた芝生の青さや
太陽のまぶしさ
私の被っていた帽子

などとともに
記憶に鮮明に焼きついています。

このとき

“英語を自由に話せるようになりたい!”

と、強く強く
思ったのでした。


こうして、日本に帰った私は
英語を習得しようと
英語漬けの日々を過ごすことになります。


4 帰国後、日本で英語漬けの毎日(上達期2)に続く…

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